東京地方裁判所 昭和60年(ワ)14785号 判決
原告
小西慶一郎
(他一名)
右両名訴訟代理人弁護士
高村民昭
被告
全国競走馬農業協同組合
右代表者理事
福山清義
右訴訟代理人弁護士
末光靖孝
主文
一 被告は、原告小西慶一郎に対し、金二六二万三五〇〇円、原告松田弘教に対し、金一〇九万九六二〇円及び右各金員に対する昭和六〇年一二月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、昭和四八年一一月九日設立された競走馬に関する事業等を目的とする農業協同組合である。
原告小西慶一郎(以下、「原告小西」という)は、昭和四八年一一月九日、原告松田弘教(以下、「原告松田」という)は、昭和五四年二月一日、それぞれ被告の職員となった。
2 被告は、原告両名に対し、昭和六〇年八月初旬ころ、事業不振を理由に解雇の意思表示をなし、原告両名は同年八月三一日限り被告を退職した。
3 被告には「職員退職給与規程」が存し、右規程は、被告の都合で職員が退職したときは、その職員に退職金を支払う旨定めている。
右規定によれば、
(一) 原告小西の退職金は、退職時の本給月額金一七万四九〇〇円に勤続一一年分の退職金支給率一五を乗じた額と、同本給月額に勤続端数月八か月分の累進率一・五を乗じ、これに一二分の八を乗じた額との合計二七九万八四〇〇円、
(二) 原告松田の退職金は、退職時の本給月額一四万九一〇〇円に勤続六年分の退職金支給率七・五を乗じた額と、同本給月額に勤続端数月七か月分の累進率一・五を乗じ、これに一二分の七を乗じた額との合計一二四万八七一二円に一〇円未満の端数を切り上げた金一二四万八七二〇円、
となる。
4 被告は、原告小西に金一七万四九〇〇円、原告松田に金一四万九一〇〇円の退職金を支払ったのみで、各残額を支払わない。
よって、被告に対し、原告小西は金二六二万三五〇〇円、原告松田は金一〇九万九六二〇円の各退職金残額及び右各金員に対する本訴状送達の翌日である昭和六〇年一二月一〇日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項のうち、原告松田が昭和五四年二月一日被告の職員となったことは否認し、その余の事実は認める。
原告松田は、昭和五四年五月一日被告の職員となったものである。
2 同第2項のうち、原告両名が昭和六〇年八月三一日退職したことは認め、解雇の意思表示の時期は否認する。被告が原告両名に解雇通知をしたのは同年七月三一日である。
3 同第3項のうち、被告に「職員退職給与規程」があること、原告小西の勤続期間、原告両名の各本給月額は認めるが、原告小西の勤続期間は否認し、その余は争う。
三 抗弁
1 原告両名は、被告の事業が頓挫して見通しが立たず、昭和五六年六月ころから給与も四ないし五か月遅配となるのが常態となり、昭和五八年ころから被告の理事に転職を考えるよう要望され、昭和五九年九月には転職しなければ解雇せざるを得ないと迫られたため、遅配分の給与を支払ってくれさえすれば円満に退職する旨述べた。そこで、被告は、経理の窮する中で漸く工面して昭和五九年一〇月二五日に同年五月分及び六月分の、同年一二月二五日に同年七月分から一二月分までの六か月分の給与を支払ったのであるが、原告両名は、出勤しても何一つ仕事がなく、そのまま在籍しても無為徒食に終ることを熟知し乍ら居座り続けていたところ、被告の窮状は極に達し、組合長の経営する牧場の倒産、組合長の辞任という事態に至り、被告は原告両名を解雇せざるを得ないこととなったものである。
2 右のとおり、原告両名は、昭和五九年九月、被告理事に対し、遅配分の給与を支払ってくれさえすれば円満に退職する旨述べているのであって、退職金債権を放棄したものである。
3 本訴請求は、原告両名の言を信じ、辞めてもらうためにその要望をかなえるべく努力してきた被告に対する背信行為も甚しく、権利濫用である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁第1項のうち、原告両名の給与が遅配していたこと、被告が遅配分の給与を支払ったこと、被告組合長の経営する牧場が倒産したこと、組合長が辞任したことは認め、その余の事実は否認する。
2 同第2及び第3項はいずれも争う。
第三証拠(略)
理由
一 被告が昭和四八年一一月九日設立された競走馬に関する事業等を目的とする農業協同組合であること、原告小西が同日被告の職員になったことは当事者間に争いがなく、原告松田本人尋問の結果によれば、原告松田は、昭和五四年二月一日被告の見習職員となり、同年五月一日正職員となった事実が認められる。
二 原告両名が昭和六〇年八月三一日被告を退職したことは、当事者間に急いがなく、原本の存在及び成立に争いのない(書証・人証略)並びに原告両名の各本人尋問の結果によれば、被告は、原告両名に対し、同年七月三〇日付解雇通告書をもって、被告が事業不振により経済的にも困難な状況にあることを理由に解雇する旨の意思表示をなし、右意思表示は同年八月初めころ原告両名に到達したことが認められる。
三 被告に「職員退職給与規程」が存すること、原告小西の退職時の本給月額が一七万四九〇〇円、原告松田の退職時の本給月額が一四万九一〇〇円であることは当事者間に争いがなく、右事実並びに前記一及び二の事実と、原本の存在及び成立に争いのない(書証略)を総合すれば、原告小西の退職金は、退職時の本給月額金一七万四九〇〇円に勤続一一年の退職金支給率一五を乗じた額と、勤続端数月八か月分の加算額として、同本給月額に累進率一・五を乗じ、これに一二分の八を乗じた額との合計二七九万八四〇〇円であり、原告松田の退職金は、退職時の本給月額一四万九一〇〇円に勤続六年分の退職金支給率七・五を乗じた額と、勤続端数月七か月分の加算額として、同本給月額に累進率一・五を乗じ、これに一二分の七を乗じた額との合計一二四万八七一二円に、一〇円未満の端数を切り上げた金一二四万八七二〇円であること、右各退職金の支払期限は、昭和六〇年九月三〇日であることが認められる。
四 (人証略)及び原告両名の各本人尋問の結果によれば、被告は、原告小西に金一七万四九〇〇円、原告松田に金一四万九一〇〇円を支払ったのみで、原告小西について金二六二万三五〇〇円の、原告松田について金一〇九万九六二〇円の退職金残額を支払っていないことが認められる。
五 そこで、抗弁について判断するに、前記(書証・人証略)及び原告両名の各本人尋問の結果によれば、被告は、競走馬を育成する農民等を組合員とする農業協同組合で、設立当初から競走馬のトレーニングセンターの建設を計画し、茨城県北相馬郡森谷町の利根川の堤防地帯の一角の買収を始めたが、昭和五〇年ころから組合員の出資が滞り、金融機関等からの融資も得られないまま、右買収が進行しなくなったことに伴ない業務が停滞し、昭和五八年ころまでに原告両名の仕事は殆んどなくなるとともに、昭和五五、六年ころから給与も二ないし六か月分遅配となることが常態となったことから、被告理事飯田正は、原告両名に転職を勧めていたが、昭和五九年九月ころに至り、右飯田が、原告両名に対し、「このままでは退職金もボーナスも出ないどころか、遅配分の給与も出せなくなるので、今のうちに潔く転職しなさい」との旨述べて退職を迫ると、原告両名は、「給与が遅配のままでは辞められない。せめて月給だけは全部支払って欲しい」旨返答したため、被告は、昭和五八年末に原告両名の給与を一旦全額清算したが、原告両名は退職することなく昭和六〇年七月三〇日に至り、被告理事会は、原告両名に各遅配分二か月分の給与及び給与一か月分の退職金を支払い、解雇することとする旨の決議をし、前記二の解雇が行なわれたことが認められる。
被告は、右昭和五九年九月ころ原告両名が右飯田に対してなした「給与が遅配のままでは辞められない。せめて月給だけは全部支払って欲しい」旨の返答をもって、原告両名は、退職金請求権を放棄したものと主張するのであるが、右返答は、前記飯田の退職勧奨に対し、最低限の要求として遅配分の給与の支払いを求めたものに留まり、これをもって退職金請求権を放棄したものとまで解することはできない。
次に、右認定事実によれば、被告が窮状の中で、原告両名に対する給与の支払に努力した形跡がないではなく、また、原告両名が、殆んど仕事がない中で、長期間に亘り被告を退職せず、在籍し続けたという事情もあるが、これらの事情をもって直ちに原告両名の退職金請求が信義則に反するものといえるものでなく、他に信義則違反を基礎付けるに足る事情も認められず、本訴請求を信義則違反とする被告の主張も採用できない。
六 よって、本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、なお被告の仮執行免脱宣言の申立については、相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 川添利賢)